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【読書感想文】みんな蛍を殺したかった 原稿用紙4枚程度

キレイな薔薇には毒がある…でも、毒を望んだわけではない…そして、枯れる寸前に愛に気付く…

 


近頃、「殺す」という言葉が昔ほど強烈ではなくなったと感じる。ユーチューブ等のゲーム配信をみていると、思うようなプレーができず「は?しね!」とか「ころす!」と暴言を吐いている配信者をよく見かける。プラットフォーム側で暴力的な表現は禁止とされているはずなのに…「○ね!」「こ○す!」とテロップでは濁してあるがこちらとしては同じこと。発言に文字通りの意思がないにしても聞いていて気分が悪い。この作品の「殺す」は聞き慣れてしまったものとは意味が違った。深い恨みや後悔からくる狂気そのものだった。

 


読み始めてすぐ、不思議なパズルをしている感覚になった。よく推理小説等で「パズルのピースをはめていくように推理をする」のような表現を読んだことがある。しかし、この物語は推理小説ではない。文字が列を組み、それが積み重なりキューブになり、それぞれが複雑に絡み合っているようなそんなパズル。ふと気が付くと、内容以前にこの文章構造にのめり込んでいる自分がいた。大袈裟だが文字のマトリックス世界に迷い込んだ感覚だった。

 


迷い込んだ世界は大きな謎を残し私を引き込んでいく。冒頭部分で蛍が死んだ。美人でスタイルも良くて運動も勉強もできる転校生、それが蛍。学校中が除け者にしてきた生物部のオタクたちとも仲良くする蛍。なぜ死んだ?なぜ殺された?この後どんな展開が待っている?頭の中は非の打ちどころのない蛍に支配されていたようだった。私の中にもオタクはカースト底辺という概念があったのだろうか…正義は蛍、その他は悪、というなんとなくのイメージが出来上がっていた。

 


〜人はそれぞれ「正義」があって争い合うのは仕方ないのかも知れない。だけど僕の「正義」がきっと彼を傷つけていたんだね。〜これは私の大好きな曲の歌詞だ。今までの人生で何を言っても分からない頑固な人を何人も見てきた。怒りの感情が湧くことさえある。でも、この歌詞を思い出して思い止まる。落ち着いて相手の立場で考えると「確かにそうなるな…」と相手の言い分も理解できるようになる。そこから話し合いが始められる。そんな私の経験が登場人物を見にくく映す…一瞬オタクだから醜く映るのか?そんな風にも思ったがそれは違う。私は蛍とは違う。オタクでも美男美女や性格のいい人はたくさんいる。オタクの友人もいる。だから、オタクだから…という固定観念はない。自分はブサイクだから不幸なんだと被害妄想にふける女たちや現実世界で楽しむことを諦めながらもおいしい所は持っていこうとする精神に嫌気がさした。ますます蛍が正義だと感じていった。

 


冒頭で蛍の存在を印象付けた後、蛍の転校で華やかに始まったこの物語は中盤から後半にかけて憎悪が渦巻く物語へと変化していた。負の連鎖が起こした悲劇は予想だにしない形で幕を引いた。蛍は死んだ…はずだった。栞の姿をした蛍が最後の最後に手にしたもの、それが本当に暖かい。東日本大震災津波で街の何もかもが流された中、一本だけ残ったあの松の木のように。雷雲から漏れる一筋の光のように。

 


読み終えて改めて振り返ると、この物語の正義は一体誰だったのか…?と考えてしまう。生物部でも風景の一部に徹した栞か?二次元の恋を奪われた桜か?母親に愛されなかった可哀想な雪か?それともやはり美人で非の打ちどころのない蛍か?いや、考え方がおかしいのかもと思い直す。何が正義だったのか?と考えればしっくりくる。「親の愛」こそ正義なのだ。子供達が親にしっかり愛されていたら…親の愛が子供に届いていたら…子供の頃親からされて嫌だったはずの経験は、なぜ親になると消えてしまうのだろう…私はこの物語に登場する親たちのようには絶対になりたくない!私の周りにもこの物語に登場した親たちのような親を持つ友人が何人もいる。フィクションとは言え他人事ではない。相手(子供)の立場で物事を考えられる人間(親)になりたいと心から思った。